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自分物語 中学生時代

高岡町中学校に入学した、部活には入らなかった、小学生の頃からやってきたサッカーを続けたくて長土塀サッカー少年団に入った、練習は週3回だったので勉強時間はたっぷりあったので成績はよかった、好きな女の子は陸上部にいた。
少年団の夏の合宿は大阪千里のキャンプ場、ちょうどその頃大阪万博をやっていて会場に近いところだった、ぼくはグループの班長をしていた。みんなで近くのプールへ行った、しまった、、、みんなで準備体操をやるのを忘れた、、、2年後輩の木村くんが心臓麻痺で溺れて死んだ、とても可愛い後輩だった。少年団は解散になった。1年先輩の北川さんから『お前、足速いから陸上部に来い』とお誘いがあった。好きな子が陸上部にいたのであまり考えず即決で入ることにした。余談ですが(当時の高岡町中学は長土塀、芳斉、松ヶ枝の3小学校合同)で高中の7不思議と語り継がれるほどの古い校舎でグラウンドは直線で40mしか取れませんでした。

陸上部に入ったが好きな子には、声もかけられず悶々とした日々を過ごした。当時、池岡悟先生率いる高中陸上部は名門で全国ランキングに入る選手を輩出していた。練習も厳しかった。冬は構内の廊下が練習場所になる、嶋中先輩の指導でハードルの特訓を受けた。中2の夏北陸3県大会で風邪で熱を出した中橋先輩の代わりに400mに出場、なぜか決勝まで進む、が、走り終えたら苦しくてゲを吐いた。

中2の秋、県新人大会の100,200で雨の中大会新を出して優勝、一躍県陸上協会から注目を浴びる選手になる。
キャプテンだったので好きな子にマッサージをしてやった、主将特権である。
中3の春、市大会で11.4秒の県新記録を出す。憧れの筒井さんの記録を塗り替えた。(余談になるが桜ヶ丘の陸上部で憧れの筒井さんに出会ったら、ただのオヤジだった)
北陸3県大会の1週間前、長土塀校下のソフトボール大会に出た、格好付けようと2塁へ滑り込んだら腰の外側を擦りむいた、翌日からひどい痛みで脚が上がらなくなる。優勝候補筆頭だったが2位に甘んじる、悔しかったが自業自得。
秋の全日本ジュニア大会では決勝まですすめなかった。